「理想の人は、運命の人!」の罠 by ぱぷりこ

『妖怪男ウォッチ』ぱぷりこです。よく婚活・恋活相談を受ける時、私は「ゆるふわ言葉と形容詞は爆破せよ!」と主張しています。なぜなら、考えているようで何も考えていないから。

本連載では、「どんな人が好み?」への回答によく見られる「あいまい・ゆるふわ表現の罠」を分析します。

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本日のゆるふわ表現「運命の人」

「やっぱり運命の人と結婚したい」

運命、それはディスティニー。若い人はもちろん、恋愛経験が少ない人、恋愛経験が豊富でややお疲れ気味の人まで幅広い人が「運命の人と早く出会いたい」と口にします。

「さっき小石を投げたら、たまたまあなたに当たったので結婚しよう」と言ってくる偶然の人よりも、「あなたがこの小石を引き寄せた。これは運命だ。結婚しよう」と言ってくる運命の人のほうがディスティニーがあふれてときめきます。

 

運命の人= 努力せず自分の理想を叶えてくれる人

「運命の人」という言葉からは、特別で唯一無二の雰囲気はよく伝わってくるのですが、それ以外がノー定義すぎて、まるでなにも伝わってきません。「運命の人」を望む人は、何をもって「運命の人」と判断するのでしょうか?

「これまで付き合って別れた人はなにかしら不満があったけれど、そんな不満がなにもない運命の人に出会えるって信じてる」

「大丈夫。ちゃんとまじめに生活していれば、ちゃんと運命の人に出会えて結婚できる。占いでも言われたし。もうすぐ出会えるって」

「運命の人はどういう人かって? わかんないよそんなの。だって会ったことがないし。でも、会ったら絶対にわかる。だって運命の人だもん」

 

まず「不満がなにもなく理想を完璧に満たしてくれる人」という条件は必須です。「顔は好きだけどセックスが楽しくない」「年収は文句ないけど体型がいまいち」「趣味は合うけど食べ方が汚いのが気になる」といったような「ここはいいけど、ここが嫌い」という人は運命の人にはなりえません。

「顔も体も趣味も生活も仕事内容もスペックも価値観も全部好き!文句なんてなにもない!」という、本連載でこれまで書いてきた条件を全部のせして、漏れ抜けなく満たしていることが必要です。

さらに、運命の人は「なにをしていようが、いつか必ず自分の元にやってくる」ものとして扱われています。「運命」とは「人の意志を越えてやってくるもの」です。そのため、運命の人は、普通に生活してようが恋活婚活をしていようが、誰と付き合っていようが、適切な段階で目の前に現れて、完璧な恋愛を提供してくれる存在です。

そのため、多くの人は「努力したり、挑戦したり、考えたり、自分を変えたりする必要がない」と判断します。努力しようがしまいが「運命の人」はやってくるのですから、恋活や婚活などに無駄なエネルギーを使う必要はありません。

もちろん「自分はどういう人が好きなんだろう?」と考える必要もありません。運命の人は見た瞬間にディスティニー値が振り切れて「この人が運命の人だ!」とわかるものだ、と信じられています。

 

努力せず自分の理想を叶えてくれる人を求めると陥りがちな

このように「運命の人」を「努力しなくても自分に完璧な恋愛を与えてくれる人」という意味で使っている場合、下記の罠に陥る可能性があります。

・出会いがない

・付き合えない

・両思いになれない

・結婚できない

・モテるハイスペ男に恋をして惨敗する

・セフレ沼にはまって抜け出せない

・不倫沼にはまって抜け出せない

・不安や苦しみから逃れるために、占いに重課金する

・後悔にさいなまれる

・他人の不満で呪いを吐くようになる

恋愛における罠の満漢全席です。

まず、どんな人に会ってもピンとこず「まだ運命の人に会えていないんだ」と先送りしているうちに10年20年が経過することはよくあります。運良く「運命の人だ!」と思える理想の人に出会っても、彼女たちが望む条件をクリアする王子様はだいたい激しくモテます。そのため、相手に恋人がいたり、結婚していたり、フリーでも付き合えなかったりといったことが起こります。

体の関係を持つところまで進んだとしても、「いずれ君と結婚したい」「君こそが運命の人だ」という言葉を信じて、セカンドポジションのままキープされる罠が待ち受けています。

このようなつらい罠だらけなのですが、運命の人を待つ人は「どんなに苦しくても運命は開ける」「待っていればどうにかなる」「この苦しみこそが未来につながっている」と未来に期待して現実の苦しみから目をそらして我慢するため、つらい状態は数年単位で続きがち。初期は未来の夢のために我慢できていても、数年もすると不安や不満が蓄積し、耐えられなくなってきます。

「運命の人を待つ」という夢だけでは走れなくなると、運命の人を望む人は、他者の力を借りるようになります。よくあるのは、占いや自己啓発セミナーです。

「運命の人はどこにいますか?」「いつ会えますか?」「どんな外見をしていますか?」と聞きながら占い行脚をして、運命の人に会う確率を高めるためにパワースポットをめぐったり、運命の人に会える香水やお守りを大量買いしたりするようになってきます。

それでも運命の人が現れずに数年が経過すると、「こんなにまじめに生きてるのになんで運命の人に出会えないの」と泣き暮らしたり、「あの時、彼に決めていれば」と後悔したり、「結婚を邪魔した親のせいだ」「あの占い師のせいだ」と他人を呪うようになるように。

 

結論:運に人生を任せる極めてリスキーな選択だと自覚せよ

なぜこのような恐ろしい罠にはまってしまうのでしょうか。「運命の人」を待つことの問題は、人生という最も貴重な資産を、「運任せ」という成功率の低いギャンブルにすべて賭けているにもかかわらず、「自分はリスキーな選択をしている」という自覚を持てないこと。

なぜ危機感を持てないかといえば、「運命」という言葉には「あらかじめ定められていることなので必ずやってくる」というニュアンスがあるから。そして、「運命の人」は自分にとって望ましいものであるという思い込みがあるから。

しかし、現実は非情です。実際に彼女たちが待っているのは「運命」ではなく、ただの「運」です。これは「これから10年の年収をカジノで稼ぐ」と言っているのとたいして変わりがありません。

もちろん、運が良く、本当に好みどんぴしゃな「運命の人」と会って結婚する人もいるでしょう。しかしそんな幸運に恵まれるのはごく少数であり、大多数の人々は運頼みのギャンブルに負けています。

しかし、運が良かった人は「私は待っていたから運命の人に出会えた! だからあなたもできる!」と語りますし、人に夢を与えることでお金儲けがしたい人たちもまた「運命は絶対に開ける」と豪語し、「ただし運がいい人だけだ」という不都合な事実を隠します。だから「運命の人を待つ」選択をした人は、成功率が低いギャンブルに賭けているにもかかわらず、「自分は成功する」と信じてしまいます。

それに、「自分の欲しいものがやってくるのをひたすら待つ」のは、楽です。運命の人を待っていれば、自分の好みの把握、人とのコミュニケーション、パートナーとの話し合いや相互理解、失敗や失恋による痛み、過去の失敗からの反省などの面倒くさいことを、ぜーんぶまるっと省略できます。楽。圧倒的に楽。

 

以上の「リスキーな選択をしている自覚がない」「自分から動きたくない、楽したい、他人まかせにしたい」という2点に当てはまると「運命の人を待ってどっぷりと罠にはまる」コースに向かうリスクが高まります。

 

この罠にはまらないようにするには「運命の人を待つことは成功率の低いギャンブルに人生をフルブッコミしているリスキーな行為」だと自覚すること。そして、他人まかせの丸投げ体質を自覚し、自分で考えて行動するようにシフトチェンジしていくことです。

「運命の人を待つ」人はとにかく思考がゆるふわすぎて、自分がなにを望んでいるか、なにが不安でなにをしたくないのか、どうすれば自分の望みが叶うのか、といったことをほぼなにも考えていない場合が多いです。

そのため、哲学と自己解体には膨大な時間を必要とします。しかし、やらなければいつまで経っても自分で考えることができず、他人まかせの運任せのギャンブル人生を選ばざるをえなくなります。

思考は筋トレのようなものです。すぐに力がつくものではないですが、毎日少しでもやらないといつまで経っても力がつきません。思考方法を解説する本などを読み、自分の考えをブログなりノートなりに書き出して、思考筋をムキムキにしましょう。だからといって運命の人に出会えるかどうかはわかりませんが、バッドエンドコースになる確率は減らすことができるでしょう。

 

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著者:ぱぷりこ

『妖怪男ウォッチ』を書くインターネットの妖精&外資OL。恋愛市場で観測した百鬼夜行を供養中。チャームポイントは筆圧。

ブログ:『妖怪男ウォッチ』
http://papuriko.hatenablog.com

Twitter:https://twitter.com/papupapuriko?lang=ja

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